あなたは17か18かもしくは19歳かもしれない。高校を卒業し、自分が行きたい大学について決断をする時だ。選択はなされ、あなたは授業に登録し、講義ホールで理解できない全てのことを本質的には独習するために大金を払って学校に通い始める。
そしてある日、ある疑問が頭に浮かぶ―“自分は退学すべきだろうか?” それは、あなたより前に長い間多くの人が思ってきたのと同じ疑問で、多くの人はあなたがいなくなった後もずっと思い続ける。残念ながら、いずれの側にしても正しい答えなどないのだが。
平均的な公立大学(米国内)は、4年間のプログラムに80,000ドル近くの費用がかかる。私立大学に行くとなると、どの学校を選ぶかによってその費用は150,000ドルにまで上がる。大学に行くということで人生でも最も巨額の費用がかかることの1つだ。もちろん、理学士号やアートの学位を持っていると書かれた一枚の紙はもらえるかもしれないが、今時そんなものはどこにでも溢れている、、へそのゴマ以上の価値があるとも思えない気さえする。
そんな中で、突出するためにあなたは何をすることができるのか?当然の選択として、もっと多くの教育にお金を支払うことができる。修士号を取るのはどうだろう?博士号はどうだろう?自分が欲しい学位は何でも手にし、キャップとガウンを身に着けて外に出て仕事を探してみるといい。突然、世界はもっと現実になる。
起業家のサークルの中では、私たちは常に学校を退学した人々のストーリーを見る。ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズのストーリーは感動的だし、彼らは実にストーリーそのものなのだ。あなたが指から血を流すまでコードを書きながら、1か月ずっとラーメンを食べていたことや必死の努力についてのストーリーは誰も伝えない。なぜかって?それらは読んでも面白くないし、生きる楽しみが少ない。みんな、一瞬にして彼らを成功させるが恐ろしいくらいわずかな割合でしか起きることのない大きなアイディアを求めているのだ。
教育vs経験の疑問は、必ずしも簡単な答えではない。もちろん、あなたは完ぺきなコードを紡ぎ出す天才プログラマーになれるかもしれないが、それがあなたが18歳の無責任な人間で、あなたにとって重要と思わないことと一切関わりたくないのであるのなら、何の意味があるだろう?
これは学校の宣伝では決して話されない価値感だ。学校は、学習プログラムやキャンパスの特権、社交クラブの新入生歓迎週間についてあなたが知りたいことを何でも教えてくれるだろう。学校があなたに教えないこと(多くの学校は自らの真の価値を理解していないため)は、本から得る以上にもっと多くのことをあなたが学ぶことになるということだ。
1999年、私は軍隊から帰ってきた後に大学に戻った。情報システムの学位を目指して、私は“実用”数学のクラスを取らなければならなかった。つまり、私は、セールスマンの問題を解決したり、直線を書く方法を見つけ出さなければならなかったのだ。この時私は、このクラスは完全に私の時間とお金の無駄であると思ったが、こつこつと励んでいていた。そして、その真の価値をほんの数年前に見つけたのだ。現実には、私がこのクラスで学んだことが私の人生を左右したのかどうか今あなたに言うことはできない。しかし、手にしたタスクを終わらせる忍耐と自制心という、私はとても大切な教訓を学んだのだ。
私が英語教師になりたいかもしれないと思った時に取ったクラスにもおなじことが当てはまる。私は本を読んだが全く気にかけていなかった。私は誰も引用する必要性を持っているはずがない文法のルールを学んだ。私は過去の人間から散文体をまだ生きている人たちからくだらないことを学んだ。結局、私は英語について全く何も学ばなかったのだ。
私が見つけたことは、情報をより速く消化する方法だった。私は、表面的なことを飛ばしながら重要な言葉を読む方法を学んだ。私は速読で名誉ある博士号を受けるべきだ。もしそんなものが存在するならば。ここでも、何年もの授業と数千ドルの中で、私は学校が私に教えたかったことを学ばなかったが、私が学んだことは今日私を有給の職に就かせているものだった。
ではあなたはどうだろう?大学に留まるか辞めるかに関する答えは、あなたが考えていることよりも見つけるのは簡単だ。ここであなたに質問がある:
あなたは、自分に投げつけられたものを何でも受け入れるほど成熟して責任感があって準備ができているだろうか?もしこれにイエスと答えたなら、あなたはそうではない可能性が高い。学校に残るのだ。数年すれば、自分が本当はいかに準備ができていなかったかに気が付くだろう。
この議論の最後は、正式な教育を絶対的に必要とする人がいるということだ。たとえ彼らが学ぶことが教科書からではないとしても。その形式やライフスタイルを必要としない人も中に入るが、私たちの多くが必要としている。だから、小切手帳を取り出して、また交付申請書を埋めるのだ。あなたにはおそらくすべきことがある。
今日の学校は、少し“理解”し始めている。ボストンのBabson Collegeは、起業家の学位を提供している。おかしく思えるかもしれないが、それは、ビジネスマネージメントの他には、他のどこかでは学ばないような基本的なことで満たされたプログラムなのだ。しかし、ビジネスのより深い仕組みに足を踏み入れるというよりは、それは、駆け出しの起業家には十分なハイレベルな概観である。
さらに良いのは、あなたは他の誰かのビジネスをダメにすることなく自分の教訓を得るチャンスが与えられていることだ。私が関与した最初のスタートアップはどうだったかって?大失敗だった。ずさんな資金の管理のせいで何百万ドルを失った。これは私の失敗だったのかって?そうではない可能性が高い。しかし、もしお金に関して責任を持っていた人物が、伸びる前に成長する時間を取っていたら、おそらくそれは決して起こらなかっただろう。
だから、学校に残ることが正しい考えかどうか自分自身で見つけ出すのだ。もしあなたが、正しくないと考えるなら、もう一度考え、友達に聞くのだ。もしあなたが高等教育の中でもっと時間を使うことができることは間違いないと思うなら、まずは製品をローンチすることをやってみるのだ。あなたは大喜びで驚くかもしれない。
この記事は、The Next Webに掲載された「Stay in or drop out? The entrepreneur’s education fiasco」を翻訳した内容です。
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