ウクライナ人が解説するクリミア半島の歴史と現状

最終更新日:2024/03/01

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今週投稿したウクライナ人が語るウクライナ情勢(その1その2)。現在の紛争の舞台はクリミア半島に移っているようですが、ウクライナについてはそれなりに詳しいつもりの私ですが、クリミア半島についてはほぼ知識がありません。また普段、ウクライナ人と話していてもクリミアの話題が上がることもまずなかったです。そこで今回、ウクライナ人の友人にクリミア半島について聞いてみた所、予想以上に充実した返事をもらえましたのでここに紹介します。 — SEO Japan

クリミアについて説明することは歴史的にも経済的にもとても複雑だ。できる限り簡潔に説明したい。

クリミア半島は18世紀半ばにロシアに征服された。その前はトルコの保護領であるクリミア公国の一部だった。ソ連時代からの歴史に止めると、内戦後、クリミア半島は1921年10月18日から1954年2月19日までロシア内の自治共和国だった。その後、フルシチョフがウクライナに帰属を移した。

クリミアの土着民族はタタール人だ。第二次世界大戦中、ドイツのナチにクリミア半島のタタール人が加担したことを理由に、1944年、スターリンはタタール人を国外追放し、その後、クリミア半島にロシア人が増えた。タタール人の多くはナチスドイツ第三帝国の制服を着、ドイツ国防軍やドイツ警察に属していた。

タタール人の国外追放の結果、クリミア半島の一部(山間部や南側の沿岸部)の値域には人がほとんど住んでいなかった。その後、数年をかけて、中央、そして東ロシアからロシア人が移住してきた。最近の人口属性は下記で見ることができる。ただし2001年の情報であり、今はより多くのタタール人が住んでいると思う。

赤 – ロシア人
黄色 – ウクライナ人
緑 – タタール人

1991年のウクライナ独立後、クリミアのタタール人は国外追放から徐々にクリミア半島に戻ってきた。当初は30万人程度だったが、高い出産率や移民率もあり、タタール人の人口は急速に増えた。これらのタタール人はロシアに融合されることには強い抵抗があり、独立性を重視している。

クリミア半島のロシア人も、常にウクライナからの独立を求めてきたが、ロシアに帰属したいという意味ではない。クリミア半島がロシアに帰属していた20世紀前半に既に自治共和国だった。1991年のウクライナ独立の際、クリミアで行われた住民投票では54%がウクライナの独立を支持した。1992年2月26日、クリミア自治ソビエト社会主義共和国の議会の賛成により、クリミア自治共和国と名前を変えた。1992年5月5日、クリミア自治共和国はウクライナからの独立を宣言した。翌日5月6日、クリミア自治共和国は最初の憲法を制定した。

しかし、クリミア半島の政治的に独立したい意思とは別に、その経済的な状況から完全にウクライナから独立することは難しかった。クリミア半島の大半は砂漠であり、雨がほとんど降らない。200万人の生活、そして農業や観光客を支えるために、ドニエプル川の水路を通じてウクライナの水が必要なのだ。例えばロシア黒海艦隊があるセヴァストポリでは、水道水が全く使えない日が定期的にある。水そして電気の供給の問題から、ウクライナからのクリミア半島の独立は、その立場を非常に不安定なものにする。

この状況を利用して、第2代ウクライナ大統領のレオニード・クチマは90年代半ば、クリミア自治共和国の議会の権限を大幅に制限し、キエフへの依存度を高めた。

今日、クリミアは大幅な赤字であり、水と電気だけでなく、ウクライナ本土からの予算に共和国の運営を依存している。

つまりクリミアはウクライナ、またはロシアからの支援なしに、完全に独立することは極めて難しいということだ。何故そのような状況に陥っているのか?クリミア半島の問題は、他の旧ソ連から独立した国々と全く同じだ。国の経済政策や政治が全く機能していない。ウクライナと同じく、クリミア自治共和国も政治腐敗の問題は根深く、政治家は国ではなく自分のことしか考えていない。この問題は日本人には理解できないかもしれない。

クリミア半島はバケーション先として観光には最適だが、誰も将来については考えていない。旧ソビエト連邦時代からの資産は全て剥奪され、新しい産業やインフラ整備も全く行われていない。沿岸部の観光産業だけが唯一伸びているといってもいいが、地域全体を賄えるレベルではない。

君の最初に質問に戻る。「何故、ウクライナはクリミア半島を欲しがるのか?」正直、私にはわからない。国家財政を考えれば、クリミアを切り離した方が得策ともいえる。過去22年、ウクライナはこの土地のリソースを全く活かし切れなかった。

今回の紛争では、ウクライナはクリミア半島を分離させた方が良いと結論を出す可能性も十分にある。しかしクリミアの住民が、完全な独立を望むかはわからない。今後の政治情次第だろう。

君が次回ウクライナに来た際、実はクリミア半島に連れて行こうと思っていた。もし安全であるならだが、その機会があれば、君自身の目で全てを見ることができるだろう 🙂

Slawa Gorobets

民族的には元々の人種も違いますし、クリミア半島のウクライナにとっての存在意義が余り理解できなかったので彼に聞いてみたのですが、彼自身もクリミアがウクライナに帰属すること自体へのこだわりは余りないようですね。ロシアにとっては軍港もあり、重要拠点なのでしょうが、今回のロシアの介入は、ウクライナのデモと欧米寄りの政権交代が成功、そして自身の支援が失敗したことに対する、嫌がらせというか、このままでは済ませられないという報復行動にもみえなくはないですけどね。実際はもっと高度な話と思いますが、そういう感情的な側面もあるように思えます。クリミア議会がロシア編入を認めたなどの報道もありますが、さて今後どうなっていくのでしょうか。軍事衝突なしに平和な解決が行われることを心から願います。 — SEO Japan [G+]
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アイオイクス SEO Japan編集部

2002年設立から、20年以上に渡りSEOサービスを展開。支援会社は延べ2,000社を超える。SEO/CRO(コンバージョン最適化)を強みとするWebコンサルティング会社。日本初のSEO情報サイトであるSEO Japanを通じて、日本におけるSEOの普及に大きく貢献。

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