今日、私はEmerging Media Conference で、マーケティングとダンジョンズ&ドラゴンズについて話をした。すぐにでもその動画が手に入るのを期待しているのだが、とりあえず今は、その話の大部分をブログ記事にすることにした。基本的にこれは台本なので、時には全く意味不明なところもあるかもしれない。また、関連性のある場所で画像のスライドも挿入した。では、どうぞ。
私は、物事を‘フィット’させることに躍起になる。人々が決まった行動を取るのを目にするが、そこには理由が必要だと私は考える。私達の中にある何かが、なぜ私達が公衆便所を嫌ったり、ストローの包装紙を丸めたり、列に近づきすぎて立つ人を嫌ったりするのかを説明する。何かがそれらを意味のあるものにするのだ。
それはもしかしたら理不尽な理由かもしれない。しかし、そこには何かがあるのだ。私は、物事をつついてつついてつつきまくる。出血多量で死ぬか、壊死して落下するか、物事を動かしているものが何なのかを私が理解するまでずっと。その間中、私は自分が何かを見つけることを確信している。
そう。カルマとアニミズムとスパゲッティ・モンスターを信じるユダヤ人の私をみんな不思議に思っている。
そして、私はマーケッターになった。物事を‘フィット’させるというこの動力を注ぐことができる場所がマーケティングにあると考えたのだ。マーケティングは意味をなしているべき、そうでしょう?(エヘン)
私は、一連の規則、すなわち‘システム’を作りたかった。そしてそれを私の魔法のマーケティング・メソッドにするのだ。
何年もの間、私はありとあらゆるアイディアを手当たり次第に追い求めた。デヴィッド・オグルヴィからジョン・ケープル、ダン・ケネディまで読んだ。JFKやアイン・ランドやソローについて研究した。私は、マーケティングや社会や人々のコミュニケーションの仕方についてあらゆる理論をテストした。
どうなったかって?何も‘フィット’しないのだ。残念だが、マーケティングやコミュニケーションを有利に働かせる原則も法律もシステムもないのだ。
結局のところ、問題は私達がコンピューターではなく要するに教育の行きとどいたサルであるということなのだ。だから、私達にはランダムに行動する傾向がある。
そんなことは私が27歳の時には分かっていたことだとあなたは思うだろうが、そうではなかったのだ。私にとっては現実に起きたことだけが全てなのだ。最高のマーケティングシステムを作ることなどできない。なぜなら人間が規則正しい生き物ではないからだ。
そのことがしばらくの間私を落ち込ませた。恐らく8年位は。
そして、数年前、分かったのだ:
それは、マーケティングのために規則を作ることではい。“新しいパラダイム”を見つけることではない。
それは、すでにそこにある、本当に人々の興味をそそるような人間の衝動を見つけることなのだと。
このことが、私がダンジョンズ&ドラゴンズで遊んでいる時に突然分かったのだ。
ダンジョンズ&ドラゴンズが何か知らない人のために説明しよう:通常、あなたの手元にはサイコロと紙と鉛筆、それからルールブックと数人の友達がいて、闘ったり略奪をしたりして想像の世界を動き回るのだ。
あなたが思った以上に私がオタクであることにビビっていることは分かっている。でもちょっと待って!続きがまだあるのだ。
私はこのゲームを31年間もやっている。
古い剣帯にはたくさんの勝利が刻まれている。
私は、冒険の中でキャラクターを演じ、ドラマの中に生き、現実世界では不可能なことをフィクションの世界でするという状況が好きだから、このゲームをするのだと言いたい。
しかし、そんなのは単なるたわごとだ。
私は、モンスターを殺したり、彼らの宝を奪ったり、この側近をいかにして後に死に追いやるかについて話すのが好きなのだ。
私がそれに気が付いた時、それは電球のようにひらめいたのだ。悪いものを倒し、褒美を手に入れ、途方もない話をする。それらは人間の基本的な衝動なのだと。それらはフィットする。最初からずっとそこにあったのだ。それらは理屈抜きの直感的なものだ。そして、それらは、マーケティングを含めた全ての人間のコミュニケーションの有効性へとつながる。
それこそが私があなたに示したいことなのだ:もしあなたが、自分の観衆がモンスターを倒して、宝を奪い後で物語を伝える手助けをすれば、あなたのコミュニケーションにもっと力を注ぐことができるのだ。
では、細かく説明していこう:
私がオタクであることをカミングアウトしたからには、もうちょっとあなたに教えてもいいだろう:
私は、およそ20年間、同じグループのメンバーとこのゲームで遊んでいる。通常私達は良いキャラクターを演じるが、時には私やD&D友達が悪いキャラクターを演じようとしたこともあった。そういうのも面白いと思ったからだ。悪者にもなってみたいという気持ちは分かるだろう。
それは最悪だった。大して面白くないのだ。
World of Warcraft(註:ファンタジーを舞台にした世界で最も人気があるオンラインゲームRPGの1つ)のようなゲームの中でさえ、あなたが悪いキャラクターを演じようとしても、結局あなたの視点からは‘イイモノ’になってしまう。あなたがどんなに汚らしくて粘っこくて陳腐な悪者を演じることができても、結局のところ、それらは正しく理解してもらえない。
あなたは皇帝を応援しただろうか?ダースベイダーを応援しただろうか?
もちろん、あなたはしなかった。あなたはルーク・スカイウォーカーを応援したのだ。そして、結局ダースベイダーは、惑星を破壊することもジェダイを一掃することもなく、実際にはいいヤツだったのだ。
ターミネーターでさえもいいヤツに変わる。
それは、私達が悪者を応援することをうまくできないからなのだ。それは計算ではない。私がこんな露骨に甘いことを言うと友人がショックを受けるかもしれないが、大部分の人が悪者が負けることを望んでいるのだ。悪者が悪いと確信していてそれを思わない人達は、反社会的人間である。
もしあなたが、悪者をやっつけたり悪魔を打ち負かすチャンスを人々に与えることができれば、あなたは彼らにくっついて離れないある種の通貨を与えたことになる。それによって彼らはあなたのことを忘れない。
私は10年間ブログを書いている。自慢でそんなことを言っているわけではない。私が書いたブログ記事でDiggのフロントページに載ったのはこれまでにたった1つだけであることを言うのに、そのスケール感を分かりやすくしようとしているだけだ。
そのたった1つの記事が何だったか知っているだろうか?盗作者のブログをぶち壊す方法だ。それがDiggされ、Crackedに載り、そこへリンクするルートドメインは28にもなった。StumbleUponからは50,000クリックを獲得し、105のコメントがついた。
なぜか?私の他の記事は全て、もっと考え抜き、もっと上手に書かれた、もっと教えることの多いコンテンツだった。はっきり言って、Diggに取り上げられたたった1つの私の記事が他の人のサイトにウンコの画像を張り付けることに関係があるだなんてちょっとむかつく。みんなモンスターをやっつけるのが好きで、私は単に多くの人に、モンスター(盗作者)のやっつけ方を教えた。ただそれだけのことなのだ。もちろん彼らはそれを気に入ってくれた。
モンスター退治の流れはマーケティングの中でもすでに動いている。アラスカ航空が1980年代にしたことを覚えている人はいるだろうか?他の航空会社がいかにあなたを悪用していて、アラスカ航空がそうではないということを語った一連の面白い広告だ。
アラスカ航空は、“私達はモンスターではない。しかし、他の航空会社はモンスターだ。私達と空の旅をして、あなたがモンスターをやっつけるのだ。”と言った。
それは政治の世界でも効果がある:共和党員はここ40年にわたって絶対的有利な立場にいる。なぜか?彼らにははっきりとした悪者がいるからだ:政府の無駄遣い。それが彼らにとってのモンスターだ。
民主党員は微妙な態度を取ろうとしている:彼らは、“私達は、これこれしかじかのような無駄なプログラムには反対している。これがそれを全て説明しているスプレッドシートだ。”と、言うだろう。より良いスプレッドシートを作ることを約束する人に投票するのは難しいが、政府の無駄遣いに反対する人に投票するのは簡単だ。
だから、民主党は、みんなが共和党にうんざりしている時にだけ支配することができるのだ。
誰もがモンスターを倒したいと思っている。もちろん、それは比喩的な意味だ。そして、あなたは人々や物事を単に悪者扱いすることはできない。あなたは、すでにそこにあるものを指し示す必要があるのだ。
あなたの観衆が悪魔を打ち負かすのを助ければ、彼らはあなたのことを好きになる。彼らは、まるであなたが何か貴重なものを与えてくれたかのように記憶する。そう、確かにあなたは与えたのだ。なぜなら、あなたは、私達が石を打っていた頃から持っていた欲望の一部を叶える手助けをしたのだから。
あなたは、D&Dのプレイヤーが最もよく使う疑問文が何か知っているだろうか?
私たち、何をもらえるの?
戦闘の後、ゲームセッションの最後、ピザが届いた後、何でも構わない。私達は何かが欲しいのだ。
他のみんなそうだ。
‘もの’は、物質的なものでなくてもいい。何でもいいといっても過言ではない。あなたは、悪者を倒した後に‘もの’をゲットしたら、とてもいい気持になるだろう。
D&Dでは、‘もの’はゴールドと魔法のアイテムを意味する。
計算をしてみた。私は、31年間、1年に平均して211時間このゲームをやっている。それは、つまり週に4時間、1日34分だ。合計で6136時間D&Dをやっていたことになる。
いいかい、それはアメリカンアイドルを見ている時間に勝っているのだ。
私は平均して1時間に1gp(ゴールドの単位)を稼いでいる。つまり、6136gpだ。その1つ1つが3分の1オンスと仮定する。(残念ながらそれを発見した人がいるのだ)現在のゴールドの価格は、1オンス1300ドル位だ。
つまり、私は2,650,000ドルを稼いだということなのだ!!!!
もちろんそれには魔法のアイテムはカウントされていない。私が、ゲーム40時間ごとに1つの超最高の剣またはそれに相当するものを手に入れると仮定する。呪われたアイテム(これが最悪なのだ)を差し引いて、50時間ごとに1つの最高のアイテムを得るとしよう。すると、私には122の剣や杖などが蓄積する。それらを売ることだってできるのだ。
つまり、私は金持ちだ。汚れた金持ちだ。
しかし、私は金持ちではない。それは全て見せかけなのだ。私はそれらをeBayで売ることさえできない。
それでも私は、冒険で何かを見つける時にはいつもワクワクする。私は42歳だが、いまだに見せかけの金庫の中に見せかけの光るものを見つけるのが好きなのだ。
これが‘ソーシャルキャピタル’のことなのか?おそらくは。しかし、私はソーシャルスキルも野生のリスのような動力も持っている。そして、ほとんどの人が‘キャピタル’を正しく書くことができない。だから私は、ソーシャルキャピタルが私を見せかけの戦利品に夢中にさせたり、人々をFacebookに集めているものであるとは思えないのだ。
もっと理屈抜きに働いているものがある:みんな‘もの’を手に入れるのが好き。たとえそれが見せかけのものでも。それこそが、昨日ジェシー・シェルが話していた喜び、もしくは私が呼ぶところの心温まる刺激なのだ。
ハリアー・ジャンプ・ジェット(註:小型戦闘機の簡易版ジェット機、ペプシがキャンペーンのプレゼントにした)のためにペプシのポイントを集めた男のことを覚えているだろうか?彼はこの手のものの熱狂的ファンだった。彼が最終的にペプシを訴えたことは知っていただろうか?そう、彼はペプシを訴えたのだ。なぜなら、ペプシが70万ドルものペプシを購入した彼にハリアーをくれなかったから。
裁判官は彼に不利な判定を下した:“客観的に見て、コマーシャルが実際に消費者にハリアー・ジェットを提供すると判断することはできない”と。
通訳すると、あんた、バカね。
それを欲しがっていた男は狂っているか注目を浴びたかったかのどちらかだ。ペプシを買ったほとんどの人が自分達が手に入れたポイントを見たが、全く何も受け取らなかった。彼らにとってはそれで十分なのだ。
裁判官はこのことを理解していたのだ:誰もハリアーをもらえると期待すべきではない。彼らが期待すべきなのは、ポイントの形をとったものを手にすることであって、それは他のものになるかもしれないしならないかもしれないということ。
みんな‘もの’をもらうのが好きだ。もしあなたが、彼らが悪者にひどい仕打ちをする間に彼らにものをあげることができれば、もっといい:
トヨタのプリウス―ちなみに私が乗っている車である―は、お金の節約になるかどうかはかなりあやふやだ。車の価格はおよそ30,000ドルである。同じような装備でハイブリッドではない車ならば20,000ドルで購入することができた。私はガソリン代でこの差の10,000ドルを節約することができるのだろうか?
できない。私がしていることは、少ないオイルを燃やすことだ。小さな走行距離のメーターを見て、50mpgを切った時に喜ぶのだ。それが私がもらえる‘もの’なのだ。そして、エクソンの利益から少しでも奪うのだ。それは単に心温まる刺激を増やすに過ぎない:くたばれ、エクソン。君らの守衛は私よりも稼いでいるかもしれないけど、でも私は君らにひどい仕打ちをしてやったのだ。
プリウスは、私がたった今やったのと同じ分析をするような人達をターゲットにしているのだ。そして、私達は何だかんだ言って買ってしまう。
トヨタは私に‘もの’を与え、モンスターつまり石油会社をやっつけることに参加させてくれている。石油会社の母でさえ石油会社を好きではないのだ。それは実質的でさえないが、それでも私には効果があるのだ。
トヨタが2009年を上回る公示利益を売り上げているたった1つの車が何か知っているだろうか?プリウスだ。噂される突然の狂気の加速にもかかわらず。さらに、人々に‘もの’を与え(少ないガソリン燃焼)、石油会社に手荒い仕打ちをすることによって比喩的にモンスターをやっつけさせてくれるのはこの車だけなのだ。実際にはやっつけてなんかいないとしても。
みんな‘もの’をもらうのが好きだ。それは目に見えるものである必要はないのだ。
自分の観衆に何かを与えれば、彼らがハッピーなカスタマーになるのに一歩近づく。彼らに何かを与え、悪者を倒させれば、彼らは死ぬまであなたのものだ。
子どもがいて仕事も家庭もある私達のような熟年ゲーマーが座ってD&Dをする時には、すぐにゲームを始めるだろうとあなたは考えるだろう。もはや1日に1時間もゲームに時間を費やせる人など私達の中にはいない。あなたは、私達がゲーム中の半分の時間を何に費やしているか知っているだろうか?
以前の最高の功績の話をしているのだ。お分かりの通り、実際には起きてもいない功績や使うことのできない宝、存在しない悪党との戦いの話しだ。その時あなたは絶対的な運命に直面していて、生き残るたった1つの方法が20面体を転がすことだったのだ。そして、あなたはそれをした。
私達は少なくとも10年以上はお互いのことを知っているため、もう前にも同じ話を聞いたことがあるのだ。私達はみんなその話がおこった時にそこにいたのだから!!!!それでも私達は話を語り続ける。
私達は物語、ストーリーを語るのが好きなのだ。それは、普通の人(マグルと呼んでもいいだろうか?私はいつもその衝動に駆られる)も同じだ。
セス・ゴッドウィンは、All Marketers Are Liars(マーケッターはウソつきである)という膨大にヒットした素晴らしい本を書いた。この中で、彼は自分のブランドについて強力な(真実の)ストーリーを伝えることの価値について触れている。
それは素晴らしい最初のステップだ。しかし、もしあなたが本当に勝ちたいと思うなら、自分の顧客に語ることのできる物語を与えるのだ。
大体どういうことか分かっただろう。みんな語ることのできる物語を持つことが好きなのだ。
もし彼らがストーリーの中に入っていれば、彼らはもっと上手くそれを伝えるだろう。
そしてより頻繁に。
このストーリーテリング/民間伝承は、全体の状況の一番いいところだ。なぜなら、あなたの観衆は自分達にストーリーの一部を作ってくれるあなたのことが好きで、同時にあなたが情報を流すのを手伝ってくれるのだ。
悪者を倒して彼らの‘もの’を奪うことが人々にあなたと関わらせる誘因ならば、物語を語ることは、どれだけあなたが、既存の顧客に新しい人達にその集まりを吹き込ませてそこに留まらせることができるかである。
ここにいるどれ位の人が紹介に一喜一憂するビジネスを経営しているだろうか?
そもそも紹介とは何なのか?
うーん。誰かが他の誰かにあなたを選ぶことがどんなに賢い選択だったかを伝えることだ。彼らは、自分達がどうやって第一四半期の売上げ目標を勝ち取ったかについての話を語っているのだ。
Googleが開始した時、彼らは何かマーケティングをしていただろうか?していない?では、みんなどうやって彼らのことを耳にしたのだろう?
私がそのからくりを教えよう:あるオタクが誰も見つけることができなかったすごいものを見つけた。彼女が他のみんなに自分が見つけたすごい情報を伝えて回った。彼女の敬虔なオタク信仰者達が‘あなたはそれをどうやって見つけたの?’と尋ねると、彼女は‘ああ、私はこのGoogleっていうのを使っているの’と言ったのだ。
“私はあなたのことググったわ。”
Googleはあなたがストーリーを伝えるために使うことができる動詞にまでなってしまったのだ。
ある最高の印刷広告は、あなたを1つのストーリーの中に引き込む:
ジョン・ケープルズによるこの広告は1人称で書かれている。それがあなたを新たに得たピアノの腕前で友達をうならせるこの人物の立場に置く。それが物語を語ることがどんな気持ちなのかを教えている。
みんな物語を語りたいのだ。特にどうやってモンスターを倒してモンスターの‘もの’を奪ったかという話しを。
彼らがそれをできるようにあなたがそれを叶えてあげる必要があるのだ。
あなたはこの全てをある種のひねくれたメッセージ―人々を騙して‘出世する’コソコソしたやり方―として受け取ることもできる。私はそうは取らないが。
あなたは、これらの衝動を持った人々を操ろうとすることも可能だ。しかし、それこそ全てが最悪の方向に進む時だ。
ジョセフ・マッカーシーが誰か知っているだろうか?彼は、反共産主義ヒステリーを築き、非米活動委員会(HUAC)に向かって一連の尋問をあおった。彼はとんでもない奴だった。彼は、アメリカ共産党というモンスターがアメリカを脅かそうとしているという話しを作り上げることで人生を台無しにした。
やり過ぎた彼は、ばれてしまった。そして、それに対する反発が彼と彼のキャリアをぶち壊したのだ。
だからもしあなたが操りたいのならそうしてみるのもいいが、これだけは忘れないことだ:あなたが社会の心理を騙そうとすればするほど、それがばれたときの反発は大きくなるのだ。
ほらね。これがD&Dマーケティングの3原則だ。自分の観衆が以下のことをするのを手助けするのだ:
マーケッターがこれらの基本的衝動にどう訴えかけるかを学べば、あなたは自分のビジネスを成長させ、自分のメッセージを広めることができるだろう。
私にとって、これはマーケティング以上の意味を持つ。これはコミュニケーションに関することなのだ。
コミュニケーションは、私達が達成する本当に大きな‘もの’を後押しする:
JFKは私達に‘もの’(功績)を約束し、私達には倒すべきモンスターがいて(ソビエトの宇宙プログラム)、語るべき素晴らしい物語があった。それらがなければ、私達が月に行くことなどなかったのだ。
社会または彼ら自身のために挑戦をたくらむ方法を知るリーダーシップなしには決して人々が挑戦することのなかった大きなことだ。
それはこういうことなのだ:人々にやる気を起こさせるものを見つけるのを手伝うこと、そして、それを届けることなのだ。それをすることによって、私達みんなが少しクールになる。
もしかしたら、よりオタクになる。場合によっては。
この記事は、Conversation Marketinに掲載された「Everything I ever learned about marketing I learned from Dungeons and Dragons」を翻訳した内容です。
まさかの有益な内容もそうですが、読み物としてかなり楽しめました。「マーケティングは“新しいパラダイム”を見つけることではない。すでにそこにある、人間の衝動を見つけることなのだ。」は明言じゃないでしょうか?!最後の締め方も納得&センスに溢れてました。自分が大好きな趣味についてこんな記事が書けたら皆も納得してくれそうです。。。 — SEO Japan
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