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Jimmy Walesは、誰もが編集できる無料で非営利の百科事典、ウィキペディアの創設者だ。さらに彼は、人々が夢中になっているあらゆるトピックに関するウィキコミュニティの作成と発展をサポートしているコミュニティ・デスティネーション、ウィキアの共同創設者でもある。Twitter、Facebook、LinkedIn、そして彼のブログで彼と繋がることが可能だ。
私は無料ソフトウェアの成長を見ていて、プログラマーのコミュニティがソフトウェアを作るためにいかにしてオンラインに集まっているかを目にしていた。それは、人と違う最終結果(百科事典)を求めるというよりも、(確かに最終結果はかなり人と違っていたが)、オンラインで起きている協力に対する新しいモデルがあること、それと同時に生まれるべき素晴らしいものがたくさんあることに気が付くことが全てだった。
最高のビジネスは、大量のデータとビジネスプランを持ったMBAによってまことしやかに作られているわけではない。そんなことが真実であったためしはない。最高のビジネスは、革新的な方法で顧客のニーズに応えている。それは、好機とアイディアを見いだすこと、それをやる必要があると知っていることであり、それこそが本当に物事を機能させると私は考えている。
マーケットのニーズなどについて考えることは何ら悪いことではない。ただ私は、それが第一優先になるべきではないと言っているだけだ。なぜなら、もしそれが第一優先なら、あなたはどこにも行きそうもない退屈でパッとしないビジネスで終わることになるからだ。
Nupediaのオリジナルコンセプトは、ボランティアによって書かれた無料の百科事典を作ることだった。お分かりの通り、書くのはインターネット中にいる人達である。ウィキペディアと同じビジョンではあるが、ウィキペディアを作るために必要だったソーシャルモデルへの理解が私達にはなかった。基本的に、それはかなりトップダウンなシステムだった。7段階のレビュープロセスでは、人々は何を書くつもりなのかについて提案書を提出しなければならなかったり、色々制約があった。その結果、とても進みが遅く、人々にとってあまり面白くないシステムとなった。このプロジェクトに役立ちたいと思った人達のニーズに合わなかったがために失敗したのだ。
百科事典を築くとはどういうことかを話し合うことに多くの時間を費やした大きなコミュニティがあった。そこには何があるべきで、どのようになるべきで、どんなテクノロジーを使うべきなのか。Nupediaは失敗したと言うが、別の意味ではそれは失敗していなかったのだ。それは引き合わされた人達の集まりとなり、実際に取り掛かる前に2年間にわたって私達は百科事典を作る方法について話し合った。
私はこのコンセプトにものすごく情熱を持っていた。みんなのための無料の百科事典を作るというアイディアは、―人道主義的なゴールとして、インターネットの存在意義というコンセプトとして―、まさに私をつかみ、それをなんとかして成功させることに私の人生を費やすことを決めたのだ。心配もあったが、やめようと思うような大きな問題はなかったし、これを実現させるために私達は何を変えるべきなのかというのが一番の問題だった。
[Andrewのメモ:プログラムのこの部分を注意して聴くこと。彼がNupedeiaに失敗した時にどのように感じたか、そしてもっと重要なのは、彼が他の人の言うことに耳を傾けることによってどうやって自分のアイディアを研ぎ澄ましモチベーションを高めたのかという部分だ。]
私達はNupediaでそのような融通の利かないシステムを持っていたため、何かを変更するのはとても難しかったし、私達には多くの開発者がいなかった。そのため、唯一の可能性は、全てをひっくり返してウィキのソフトウェアをインストールしてもっとシンプルな方法にすることだけだった。
私達はオープンソースのソフトウェアのムーブメントが発端だったため、最初からソフトウェアプログラマーなどから少しの支持者がいた。
その領域には活動家の一大コミュニティがあった。そのため私達は、例えばスラッシュドットなどからメディアに多く取り上げられ、それがサイトに多くのトラフィックをもたらし、多くの人が私達のコンセプトに興奮し興味を持った。それが始まりだった。
その上、口コミによって広まり、特に私達がウィキペディアを運営し始めると、実際に検索エンジンに引っ掛かるようなコンテンツを生産することができた。私達は、質の高いコンテンツを作れば、人が集まるということに気がついていたので、ただそのことに焦点を合わせ続けたのだ。
私達は、全体像を見ないわけにはいかないし、人々がこれを価値のあるプロジェクトだと思うと認識しないわけにはいかない。それは、する価値のある大きな動きであり、世界に存在すべきものであり、それが実現するように手助けするのを人々が楽しむものなのだ。
人々が無償で働く意思があると考えると、あなたは困惑する。そうではなくて、人々が無償ですることは楽しいことなのだ。それを面白いと思うからするのだ。
それは知的に面白いことだったり、コミュニティに暖かい気持ちを感じることだったり、友人とつるむことだったりする。人々が無償ですることにはたくさんのことがあるのだ。
私はいつも、私達はボウリング場に似たようなものになることを想像できると言っている。時にはトーナメントがあったり、時にはボウルを投げて100万ドルを稼ぐ者がいるボウリング場である。それ以外の人々が無償でボウリングをするのはなぜか?バカらしく見えるに違いない。しかし、実際には彼らはバカではない。彼らはボウリングを楽しんでいるのだ。それを好きでしているのだ。誰かがボウリングで年間100万ドルを稼いでいるからと言って、自分達のことを“なんて自分達はアホなんだ”とは考えない。
私の夢は、無料の百科事典が地球上の全ての人のためにそれぞれの言語で存在するようになることだ。
だから私はウィキペディアが発展途上国の世界で成長することに力を入れている。それを宣伝し、サポートし、どうすれば広めることができるのか考えている。
今現在およそ10億人の人がオンラインに存在しているのだから、オンラインにいる人は20億、30億、40億とすぐに増えるだろう。彼らがオンラインに来る時、彼らは自分達自身のウィキペディアを求めるようになり、自分達自身のツールを欲しがり、全てが自分達のために機能することを望むだろう。だから私達は彼らのためにそこにいたいのだ。
この記事は、「MIXERGYに掲載された「Wikipedia’s Founder On How The Site Was Built & Promoted. – with Jimmy Wales」を翻訳した内容です。
元々はかなりの長文インタビューにつき抜粋して紹介してみました。私も正直、普段ユーザーとして愛用する以外に設立秘話等、全く知らなかったのですが、こうして読んでみると中々に興味深いですね。最初一度Nupediaで失敗して路線変更したのがウィキペディアだったんですね。ボーリング場の例えば中々面白いですが、大半のウェブサービスが明確な理由や動議づけもなしにユーザーによりコンテンツが勝手に作られることを想定してビジネスを始め、そして失敗しているのを見るに何故ウィキペディアが成功できたのか、という点は創立者が感じていた使命によってやり続けられたのとは別に、ウェブはもちろん我々自身についても色々考えてみたくなる点ではあります。地球上の全ての言語でウィキペディアが普及することが本人の夢だそうですが、いつか実現する夢かもしれなさそうのが怖い面もありつつも凄いです。 — SEO Japan
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